かわいひでとし日記
思うこと、こころもち、脳内風景


2014.10.12       ついでな人々



え~、なにごとにも、ついで、ということがございまして、、。

おい熊さん、車なんぞ乗ってどこ行くんだい。

いやね、ちょっと駅のほうまで買いもんに。

あーそうかい、丁度良かった、ついでに俺ものっけていってくんな。

あーいーともさ、乗んな。


なんてんで、色々な「ついで」がございますな。


うんこをするついでに新聞を読む。

風呂につかるついでにスマホを見る。

通勤するついでにランニングする。

メシ食いながら、さっきトイレで読んだ新聞を読む。

自分一人の時ならまあいいですわ。

いいかもしれないけれど、普段やってる事って外に出ても出てしまうという事も

有りますから、気をつけたほうがいいですね。

人前で下品な事をしてしまわない様に気をつけたいもんです。



日本人は下品になったと良く言われます。


民主主義というのは元々世の中が下品になるものだと思います。

家柄の良い人から貧乏人まで同列に扱うのであれば、人格素養の教育をしなけれ

ばどんどん下品になっていくでしょう。

江戸時代に最も卑しいとされた商人が、今では最も偉くなっちゃってますからね、、、。



昔有ったコマーシャル。

おばさん軍団がレストランに入って、あ、そういえばあたし、これ持ってるのよ、

と、缶詰を出して、ウェイターを呼び止め、

ちょっと、お箸有る?

と。

このCMは コメディタッチで描かれていましたが。

レストランで自分が持ち込んだものを食うのが何故いけないのか解らないという

人が増えたりはしていないだろうか。

いいじゃん、自分で買って持ってるものを自分で食って何が悪い、としか思わな

い人が増えたりしてはいないだろうか、と心配になったりする。




え?渋谷行くの?

じゃあついでにあれ買ってきてよ。

どうせ渋谷行くんでしょ?

今地図書くから、ここの店のなんちゃらってやつを買ってきて。



って、こんな事人に言った事は有りますか?

いいじゃん、どうせ渋谷行くんなら、ついでに買ってきてくれたって、

と軽く思って はいけませんよね。

どうせ渋谷行くんだから、別に相手に負担かけてないじゃん?

ついでじゃん?

、、、、、、。

もし頼むなら、相手が渋谷へ行く用事が無いのにわざわざ頼む時と同じ様に頼ま

なくてはいけないんではないでしょうか。


本当に殆ど負担をかけずに、ついでにやって貰える事というのも有るでしょう。

でも自分勝手についでだから大丈夫でしょ?って思ってしまってはいけませんね。

確かに渋谷に行くかもしれないけれど、

自分が地図を見て知らない店まで何百メー トルか歩いて行って、

よく分からないものを買う事を想像してみれば、

だいぶ迷 惑かける事が解ると思います。

なので、もし、頼むとしても、

わざわざやって頂くスタンスで頼まなくてはいけ ませんね。



人と会っている時に、ケイタイをいじるというのも、とてつもなく失礼な事だし、

ましてや、電話かかってきたら出たり、メール来たら読んだりするのは、

恐ろし く失礼な事。

電話が鳴ったら、

ああ、いいですよ、出てください、

と言ってくれるのを真に受 けて、それが普通になってしまっていませんか?


ところが、 その会っている相手も同じ様にケイタイ持ってしまっていて、

いつしか失礼でも なんでもない事になってしまうという、、、。

それに慣れきってしまって、友達と会う時でも誰に会う時でも同じようになって

しまうという、、、。




別にいらないけど、無料でくれるっていうから貰ったというのも、良く考えてみ

ると下品なんではないだろうか。

私には不要なので貰うともったいないから、誰か他の人にあげてください、

とい うのが正しい。

もちろん、無料でくれるのは広告が目的だったりするわけで、貰っては申し訳な

いと思うほうがトンチンカンだと思うでしょうが、

素朴に一人の人間として、私 が貰っては申し訳ないと思うのは正しい姿だと思う。



スーパーで、保冷用の氷、どうぞご自由にお持ちください、

というのを、でかい バケツ持ってきてどっさり持って帰るという記事を読んだ事が有る。

ここまでド派手にやらないにしても、

無意識で似たような事をしちゃったりはし ていないだろうか。



卸売り、問屋の会社が自社ホームページでついでにネット小売りをしてしまって いる。

これなんか人の道として大変な不義理をしているのだけれど、何が悪いか

解らない人がたくさんいたりする。

問屋さんというのは小売店に品物を卸して商売をしているのであって、

その得意 先の小売店の商売敵を自分がやってしまうというのは、

とんでもなく仁義に欠け た行為です。

ましてやネットでやったらもう、お得意の小売店の隣に店を開くの と同じです。

問屋さんが自社の店先で、余ったモノをちょっと並べて売るのとは わけが違う。


自分一人で商売してるなら、きっちり筋を通す事もすぐ出来るかもしれないが、

従業員食わせなくちゃならないとなると、妥協しなければならない事も有るでしょ う。

もし妥協するにしても、人の道に外れた事だと悩むくらいしてほしい。

解っているか解っていないかの違いは大きい。態度にも出ますからね。



色々な会社のホームページがだんだん手抜きみたいになってきて、みんなブログ

形式になったまではいいのだが、ついでに広告も出てるんですね。

まあいいですよ、広告なんてどこにでも出てますから。

個人のブログでも広告が出ているのは当たり前です。

でも、例えば愛について語るブログ、国際政治のコラム、社会批評のコラム、

そ ういうものに広告が出ている違和感みたいなものは感じてもいいと思うんですよ ね。


だって広告出ちゃうんだもん、つったって、有料のサービスなら広告出ないで出

来るんでしょう?


無料という下品さってのも有ると思います。

下品とまではいかなくても違和感は 有ると思います。


毎月300円とかそれくらいでブログ作れるなら、有料で広告無しにしたってい

いと思います。

だって、広告出ればお小遣い稼げるじゃんって、

愛を語るついでに広告出してお 小遣い稼ぐ、ついでだから?

どっかしら違和感だけでも感じて欲しいと思ったり する。


都営バスなどの車体が広告になってますが、本来なら下品ですね。

赤字を埋める為だから、まあしょーがねえか、と思ったりするわけなんですが。

でも、本来なら下品だとだけでも思って欲しい感じはする。


負担できる程度のお金なら負担したほうが良いと思います。

無料は下品だと思う。


広告の為にやっているならいいけど、それが目的ではない時には、ちょっと下品

かどうか考えてみるというのは有りなんじゃないのかなあ。



アダルトビデオのサイトとか、バナーがぐちゃぐちゃに貼ってあって、

やらし~写真とかがいっぱいでごっちゃごちゃになってますよね、

でも、あれは広告目的でやってるんで、ちっとも下品とかなんとか思わない。

逆に、社会批評とかのコラムを書いているブログに広告が有ると違和感を感じる。


こういう事はお金や何かとの兼ね合いでも有るのだけれど、ちょっと下品だけど、

お金の問題として仕方がないな、とでも自覚が有るならまだいいとは思います。


自覚が無いから下品になるんでしょう、きっと。


なんでもかんでも、ついでだからとかいう理由で、

やりゃあいいってもん ではない、と思う。

ついで、とか、無料という時には、ちょっと立ち止まって、

下品にならないかど うか考えてみたほうが良いように思います。



 


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