かわいひでとし日記
思うこと、こころもち、脳内風景

2015.06.13       戦争反対      賛同出来る意見が聞きたい 

 

先日、ツイッターで流れてきた記事を見てうんざりしたのだった。

赤旗の記事なのだが、高校生が「戦争法案」に反対しているという記事だった。

殺したくない、殺されたくない、とか、

戦争には行きたくないとか、

戦争の準備をするのではなく、戦争を起こさない様にするべきだ、とか、

それはそうだ、そんな事は誰だってそう思っている。

戦争反対というのは簡単だ。

それに、誰だって戦争には反対だ。

戦争が起こらないように努力するのも当たり前だ。

反対だろうが賛成だろうが、

感情に訴える様な、

もわもわっとした雰囲気だけでなんとかしようとする様な、

具体的な方法なり対案なりを示さないでただ反対と言うだけの、

そういう思考停止的なものにはちょっとうんざりするのだ。



法案を廃案にして、それからどうするべきかを聞きたいのに、、、、。

それを聞いて、なるほど、それはいい、

と、賛同出来るかもしれない話を聞きたいのに、、、、。


高校生が健気に訴えているのですよ、というだけで中身が無い話、

対案を示さないでただ反対するだけの話にはほんとにうんざりする。


感情で煽って、精神論で誘導し、雰囲気だけでその気にさせてしまうというのは

昭和の軍部のやった事と同じではないのか。

反対でも賛成でもいいけれど、もっと具体的な話をしてほしいと思うのだ。


何の問題でもそうだが、どうしても、まず立場在りき、

になってしまうのはどうしてなんだろう。

言い合いをして勝つのが目的なのではなくて、

どうすれば良いか、その方法を見つける事が目的なのではないのか。


賛成の意見も、反対の意見も良く聞いて判断したいと思っているのに、

精神論だけ、相手の落ち度を指摘するだけ、というのは本当にいやだ。


もっと俯瞰して、本当にどうしたら良いかという話を静かに出来ないものだろうか。

という事は、自分が総理大臣だったらどうするか、それを考えたいし、聞きたいのだ。



ところが、だ。

この件が難しいのは、全部想像して考えなければならないからなのではないだろうか。


新安保法制について、自分なりに色々考えているのだけれど、

はっきり言って解らない事が多い。



「憲法学者の言う事を聞いていたら平和は無かった」、という高村さんの反論にも、

僅かながら一理有ると思うのだ。


日米安保も自衛隊も廃止してしまえばいいというのはどうしても乱暴過ぎると思

うし、総理大臣だったらそんなわけにはいかないだろうと思うのだ。


南シナ海で自衛隊が米軍の後方支援をしたらどうなるのか、想像だけでは解らな

いことだらけだ。

ただ、南シナ海での後方支援は「日本国の存亡の危機」なのかどうか、ちょっと

やりすぎだとは思う。

もっともっと狭い意味での集団的自衛権にしないとならなのではないのか。

ただし、この先何が起こるのか解らないのだ。

だから有る程度幅を持たせておく必要も有るのだろうとも思うのだ。

こうして、どんどん解らなくなるのだ。

だから、「それはいい!賛成!」と思う意見を聞きたいと思っているのだ。



想像ではあっても、例えば、日米安保も自衛隊も廃止したらどうなるか。

尖閣に中国の軍が出てくるのではないのか。

そこへ海上保安庁が出ていっても、拿捕されて、尖閣に五星紅旗を立てられるの

ではないのか。

国連で訴えても、それは2国間の問題だから、両国で話し合いなさい、我々は関

知しないと言われるのではないのか。

そういう訳で、抑止力という考え方には一理あると思うのだ。

ということで、今になっても結論は「わからない」なのだ。

少し見えてきたのは、限りなく個別的自衛権に近い集団的自衛権に制限出来ない

のだろうか、というくらいのものだ。



この記事も、感情に訴える思考停止的な面は有るのだけれど、実際にその場で体
験した人の話であるという点に重みが有るのだと思う。
野中さんが、実際の戦争体験を元に、法案に反対しているという記事。
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/43651

 

 

四方の海みなはらからと思ふ世に

 

民主主義の憂鬱

 


 


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