かわいひでとし日記
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2017.05.17         外圧     


以前、毎月2~3回は歌舞伎座に通っていた頃のこと、

行くと必ず見かける外国人女性が居たのを思い出します。

自分が歌舞伎座に行った時に必ず見かけるというのは、

もしかしたら月に何度も、

もしかしたら毎日の様に行っていたから必ず会うのではないか、

と思ったのでした。

その女性とは隣の席になった事も有って、

自分が前のめりになって笑ったシーンで、彼女も同時に同じアクションをして

シンクロしてしまって顔を見合わせた事も有ったのでした。



そんな頃、ある日、自宅のテレビで相撲を見ていたら、

なんとその女性が砂かぶりに座っているのが映っているではありませんか。

相当なツワモノなのだなぁと思ったのでした。



そんな事を考えてみると、ずいぶん色々と思い出すエピソードが有ります。



フォビアン・バワーズという人が居ました。

いえ、これは古い話なので自分が直接会った訳ではなく本で読んだのですが、、、。

その人がインド旅行へ行く途中に立ち寄った東京で、

「お寺かな?」と思って入ってみたのが歌舞伎座だったそうです。

入ってみたら歌舞伎に魅了され、そのまま日本に住み着いて、

毎日の様に歌舞伎座に通う事になったのだそうです。

戦争が始まって、アメリカへ帰ったバワーズさんは軍人になりました。

そして、マッカーサーと一緒に占領軍の士官として再び来日することになるのです。

占領軍はメディアや演劇の検閲をし、非民主的であるとの理由で、

歌舞伎の殆どの演目を上演禁止にしていました。

バワーズさんは自ら志願して検閲係になり、米国人を歌舞伎座に招待し、

演劇でやったからといって日本人が米国人にかたき討ちをする訳ではない、と説き、

歌舞伎の上演を一つずつ解禁していったそうです。

最後に解禁したのが「仮名手本忠臣蔵」で、

これを解禁するにあたって、松竹に条件を出したのだそうです。

それは、自分が考えた配役で上演すること。

オールスターキャストの豪華な配役だったのだそうですが、松竹もしぶしぶ承諾して、

伝説の舞台になったのだそうです。

バワーズさんは、「歌舞伎を救ったアメリカ人」として記憶されています。




さらに連想すると、ワシントンの桜にまつわるエピソードも有りますね。

明治期に来日したシドモアさんという米国人女性が、

日本で見た桜を是非アメリカに植えたいと願い、色々と活動され

ワシントンの桜並木になったのだとか、、、。




そして最近、外国人女性が日本の男子新体操の大ファンになったという話題が

ツイッターに流れました。

とても嬉しい話題でした。

男子新体操は、伝統芸能に匹敵する高い価値を持った、

外国に誇れるものだと思います。



考えてみると、浮世絵でも映画でもマンガでもアニメでも、

みんな外国人によって「発見」され評価され、

日本人が外国人によって価値を気づかされるという例がとてもたくさん有りますよね。


外国人に発見される前に、既に日本人によって発見され、愛されているのだけれど、

それを日本人が日本の役所に「もっと世界に広めましょう」と言っても、

ダメだったりするのですね。

なぜか日本人が言う事には耳を貸さない。


これも結局、外国人から言われて初めて、

「腰の重い人たち」は、やっと動きだすのではないんだろうか、と、思うのでした。

外国人から問い合わせが増えれば、サイトに英語ページも作るでしょう。

腰の重い人たちを動かすには外国人のファンを増やすのが近道の様な気がします。

 
 


 

 


 


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