人間の土地     サン・テグジュペリ     新潮文庫

俺の一番大切な本です。短く紹介する事は難しいけれど、それに、読むにはちょっと読み辛いと思う本なんだけど、とても大切な1冊です。
一言で言ってしまえば、人間のある美質について書いた本です。
イメージとしては、口数は少ないけど強い意志や優しい気持ちを持った男、そんなことになるのかな、、。

とてもとっつきにくい本なんで、なかなか読めないみたいなんですが、130ページくらいのところの「砂漠のまんなかで」という章から読むと、世界に入り込みやすいと思います。


ワタシが決めた   編 松沢呉一   ポット出版

この本は、様々なセックスワーカー達の書いた文集です。
なかなか面白いですよ。
俺もこの本に参加させて頂きました。
俺の文章は稚拙で、イマイチなんだけど、たくさんのセックスワーカーが執筆しています。
ハスラー・アキラさんも書いてますよ。

「売る売らないはワタシが決める」とセットで、是非読んでみて下さい。

10月29日の日記参照

書店で見あたらない場合は俺んとこで販売していますのでご利用下さい


売る売らないはワタシが決める  編・松沢呉一+スタジオ・ポット ポット出版
 この本は売買春否定派の方への反論集として作られています。
売春について興味が無い人も多いと思いますが、こういった事を考えていくと、この社会のいろいろな問題の根っこに突き当たります。
そして、この世の中のいろいろな問題は、殆どこの根っこに行き当たるのだと感じました。
「愛の無いセックス」はいけない、「清い交際」をしたい、などと、漠然と思っている人は、どうして売春はいけないと思うのか、その理由を考えて見て下さい。新しい発見が有ると思います。

売男日記     ハスラー・アキラ     (有)イッシプレス
売春婦(夫)と客との間に愛は無いとお考えですか?
売春ってどんなことなのか、考えたり体験したりした事はありますか?
売春婦(夫)も客も、どちらもあなたと同じ人間だという事を知っていましたか?
 アキラさんの話を聞いてみて下さい。

アキラさんて人は一緒にいると、ホントになごむ人ですね。ほんの10分くらい一緒にいただけでもなんだか幸せになれます。
アキラさんに会うのと、この本を読むのと、ほぼ同じだよ、きっと(^^;
そんな本です。


春画のなかの子供たち
 〜江戸庶民の性意識     早川聞多       河出書房新社
いやー、むちゃむちゃ面白い本ですよ、これ。
春画の中に、しばしば子供が登場する事に着目して考察している本なのです。
ポルノと子供、と言えばもう、タブー中のタブーですよね。それが春画の中では、大人がセックスしているそばに子供がいるんですね。これは一体何故なのかという考察をしているわけです。
 簡単に結論を言ってしまえば、幸せな夫婦関係のシンボルである場合もあれば、ユーモアとして、笑いを誘うためのものであったりするわけです。
そして、子供だけではなくて、犬やネコもたくさん登場します。これがまた最高に面白い!かなり笑えます。
昼間っから発情してヤり始めてしまった夫婦の所へ子供が来てしまって、鬼のマネをして子供を追い払おうとするけれど、子供が面白がってしまって、しまいにはヤりはじめるとまた鬼をしてくれると思って子供が寄ってきてしまう、という内容の春画。

夜の公園(?)でカップルがやっている目の前で犬のカップルもやっている春画。
「犬がやってるの見たら、やりたくなっちまったぜ」と言って人間も始めてしまうのだけれど、女のほうが犬を見て「にくたらしい、蹴っ飛ばしてやって」とヘンに対抗心を燃やしていたりします。

こんな楽しい春画がたくさん紹介されています。

で、たくさんの春画を見ていて思ったんだけど、これって、江戸時代版「かわいひでとしホームページ」じゃんんか!って事(爆)
春画にはみんなセリフがついていて、エッチであり、なおかつ笑えるものになっていたりするのですね。そのセリフも結構面白いものも多く、ズッコンバッコン、チュパチュパ、の擬音系、ああ、いいっす、たまんねっす!という喘ぎ声系、笑えるセリフ、等々、それはそれはセックスファンタジーエンターテインメントの世界です。「かわいひでとしホームページ」のかわいひでとしも脱帽!って感じです(笑)

女房を真ん中にして3人で寝ている時に、子供と亭主が目を覚ましてしまって、子供は乳を欲しがって、亭主はエッチしたくなっちゃって、っていう春画。
亭主が「お前そっち向いてガキに乳をやれ、俺は後ろからヤるからよ」って言うと、女房が「後ろ向きは嫌いだから、今子供を寝かしつけるから待ってなさいよ」なんて言う、でも亭主がガマン出来なくて始めてしまうと、「アレサ、イイ、もふ、入れるならはやく、ハアム、、、モウト、ぐっと入れなよ、ム、ム、、、、」なんて事になってしまって、亭主が「夕方エッチ本を見たもんだから、どうもやりたくてたまんなくなっちまったんでぇ」って。

こたつで発情してしまった若いカップル。こたつの中で始めてしまうと、中で寝ていたネコが「ひとがせっかく気持ち良く寝ているのに、、」って、あくびしながら出てくる春画。かわいいでしょ?
この、動物達のセリフも結構笑わせるのです。

いやー、ほんとに楽しい本です。もう、ほんとたまらんです。すごいです。ユーモアと愛情が溢れています。
特に動物大好きなもので、動物が登場する春画は、抱腹絶倒状態でした。
いいですねぇ、こういうおおらかなセックスって。
そういえば、現代のAVも、たのしくておおらかなものが多いですね。
バラエティ系のAVビデオなんて、結構笑えるものも有ったりします。いいですね〜。AV頑張れ!

こういうAVや春画に眉をひそめたり、猥褻だと言ったりするのはもうほんとに野暮というか、それでも人間なの?と言いたくなるねぇ。


大本営が震えた日     吉村 昭      新潮文庫

 俺は今では日本国憲法第9条擁護派ではあるけれど、今まで生きて来て、擁護-改憲-擁護、と変遷が有りました。
いつでも行使しますよ、という軍隊を持っていてこそ初めて一人前の大人の、「普通の国」なんじゃないかという考え方も、とても良く解ります。
 陸軍中野学校という諜報員養成機関を持ち、世界中に諜報員を配置し、情報を集め、分析し、作戦を立て、実行し、危機に対応し、経験を積み、実際に巨大な軍隊を動かす。今のこの国と比べると、当時の日本がとても一人前の大人の国家であったという気がしてしまいます。
だって、徴兵制ひとつとっても、有ると無いとでは、その国の青年のデキが全然違う様な気がして来ませんか?
 この本は、太平洋戦争開戦前夜の、開戦に向かって進められた準備と、その危機対応の顛末が書かれています。
「上海号」のチャプターに3人の青年士官が登場するのですが、なんとイケメンで(写真有り)、経験に基づいた判断力と勇気と行動力が有るのだと、とてつもなく感激してしまいました。


健康運動指導者のための
フィットネス基礎理論(改訂版)     小沢 治夫  西端 泉
                            (社)日本エアロビックフィットネス協会
                                         03-3503-3691
 「ダイエット」という言葉が非常に良く使われていますが、「痩せる」という意味で使われている事がとても多いですね。でも本当は「食餌制限」のことをダイエットと言います。
この本はエアロビクスインストラクター養成で、学科の教科書として使われている本です。運動生理学、解剖学、フィットネス論、栄養学など非常に広く浅く書かれています。健康や運動に関心が有る方の為の基礎知識としてとてもおすすめです。
この本は一般書店では売っていないので、直接協会に電話をして買って下さい。

フィット OR ファット
 −やせる・ふとるの科学

これもインストラクター養成の時の教科書のうちの一冊でした。

汗をたくさんかけば痩せるでしょうか。運動するときサウナスーツを着ると効果が有るのでしょうか。サウナに入ると痩せるのでしょうか。全部NOですよね。
痩せる為には体脂肪を減らさなくてはなりません。
こんな当たり前の事がいまだに理解されていない事に驚く事が有ります。
痩せたい人、読んでみましょう。

高熱隧道     吉村 昭      新潮文庫

この本は黒部第三発電所の建設現場を舞台にしている。
圧倒的な自然の猛威や、頻発する人身事故で、死者は300名を越えるという壮絶な工事を描いている。
 昭和15〜16年頃の話で、今とはだいぶ事情も違っているけれど、実際に工事現場や飯場での生活を経験した俺にとっては、読んでいて情景が目に浮かぶようだった。
現在では、工事現場での安全管理に対する意識は全く違っているのだけれど、それでも死亡事故は起こっているし、実際に目の前で事故を見た事も有る。
工事現場での事故を見ていて思うのは、鉄や岩の様な固いもの、巨大なもの、というのは、人間が扱うには非常に危なくて難しいという実感だ。こうして言葉で書くと、全く当たり前の様に感じるかもしれないけれど、これは「実際にやってみなければ解らない」部類の実感なのかもしれない。
能力の高い重機を使い、コンピューターで制御しても、やはり、巨大なものを相手にするというのは、人間にとって危険で難しいものなのだと思う。

鉢巻きして、髭面で、汚れた作業着やボンタンを履いて、酒が好きで殆ど何も考えていない。
人夫とか労務者と聞いて多くの人が思い浮かべるのは、こんな感じだろうか。

この本の中で、実際に工事現場で働く人夫たちは、おろかな者達として描かれていたけれど、これも実際に現場にいた事の無い作者には解らないからだという気がする。

工事現場では、建設会社の技術者が指導し、人夫が実際の仕事をする。
技術者は大学で勉強して来た人達で、人夫たちは中卒や高卒の人たちだったりするわけだけれど、往々にして技術者の知識よりも、人夫たちの経験のほうがずっと役に立つという場面を見るものだ。
特にアクシデントが起こった時、技術者達よりも人夫たちのほうがずっと頼りになるという事を経験する事も多かった。
”鉢巻きをして汚れた服を着て、夜は酒ばかり”の彼らの、経験に基づく聡明さを説明するには、サン・テグジュペリの言葉を借りたいと思う。
サン・テグジュペリも、まだ危険な乗り物だった頃の飛行機乗りとして、経験に基づく聡明さを持った人達がいた現場で働いていたのだ。

「君は自分の敵に挑みかかるにあたって、いきなりまず相手を嘲笑したりする必要を感じたりする男ではない、タチの悪い嵐に直面した場合、きみは判断する、「これはタチの悪い嵐だ」と。君はそれを正面から受けて立ち上がり、きみはそれを測る。」(人間の土地)

この一見当たり前すぎて意味が解らない様な文章は、経験に基づいた聡明さというものを良くあらわしていると思う。

電車の中でスーツを着て群れているサラリーマン達よりも、鉢巻きしてドカジャンを着た労務者風酔っぱらいオヤジのほうが、俺はずっと好きなのは、こんな理由からだ。

こんな事を言葉で説明しても、無意味な気がしてくるけれど、、、、。


戦艦武蔵    吉村 昭    新潮文庫

戦争の話というよりは、武蔵というシステムについての本という感じでしょうか、、。今まで作った事も無い巨大戦艦を作る人々、それを軍機として隠す為の方策、それを取り巻く市民、という、本の前半部分に書かれていた事にとても興味を持ちました。
後半は武蔵の戦闘の記録になっていますが、レイテ湾突入に向かう途中で猛烈な爆撃を受け、艦尾を高く持ち上げて沈没してゆく壮絶な最後となります。
吉村昭さんの本はとても読みやすいんで、戦争に興味無い方でもすんなり読めると思いますんで、みなさんも是非どうぞ。


海の史劇     吉村 昭     新潮文庫

 太平洋戦争マニアである俺は、海戦というものにはとても惹きつけられる。
この本で描かれているのは「日本海海戦」。誰でも知っている日露戦争の時の、ロシア・バルチック艦隊と日本帝国海軍連合艦隊との決戦だ。
 明治38年当時、もちろんレーダーも偵察機も無かったわけで、霧の中に身を隠したり、夜の闇に隠れて忍び寄ったりしながら、軍艦同士が近づいて、肉眼で確認しながら大砲を打ち合うという、本当の意味での海戦が行われたわけだ。
 これが太平洋戦争になると、偵察機やレーダーが登場し、さらに航空攻撃により、戦艦同士の肉弾戦は行われなかった。
さらに後年、ボタンを押すだけで行われる戦争、お茶の間でTV観戦出来る戦争まで登場する事になる、、、。
こうして時代が進むにつれ、「人間」の陰が薄くなってゆくのだ。
こうして、目的達成の為に「人間」を捨ててゆくわけだ。
 ロシア軍捕虜に対する日本側の厚いもてなし、などを読んでもそこに人間らしさを感じる。
目的を達成する為に一番近道を通る様になるにつれ、人間らしさを失ってしまって来ているのだなぁと、つくづく思う。

東郷平八郎の乗った戦艦「三笠」を保存してある三笠記念館に行くには、京浜急行に乗って行くのだけれど、電車が皆、アルミ車両になってしまった今、京浜急行の車両だけは未だに昔ながらの味の有る車両を使っていて、味が有ってとても好きだ。
目的達成の為に機能のみを追及する事が本当に合理的なのだろうかと思う。ムダだと思ってはぶいてしまったものにはそれぞれ、大切な意味が有って、人の心を和らげたり落ち着かせたりして、結局は広い意味で目的達成の為に役に立っているのではないだろうか、、。


漂 流     吉村 昭     新潮文庫

本を読む時に、地図を参照しながら読む事も多いけれど、吉村昭の本を読む時には地図を見る事が多い様な気がする。

江戸時代の海の遭難事故についての話を聞いた事が有る人も多いと思う。
鎖国政策によって、外洋を航海出来る船は作られず、もっぱら沿岸輸送の菱垣回船などの船が行き来していたので、海が時化ると遭難も多かった様だ。
当時の回船の絵を、歴史の教科書などで見た事が有る人も多いと思う。

土佐、赤岡村の船乗り長平が四国沖で遭難し、無人島(鳥島)に流れ着き、13年もの間サバイバル生活をした後、流木で船を造って脱出するまでの物語だ。

鳥島というのは、伊豆七島の先、八丈島の南の青ヶ島よりさらに南にある火山島で草木も水も無い無人島だ。

江戸時代に生きた24才の、文字を読む事も出来ない船乗りの青年。港では女を買い、幼なじみの友人の恋愛に力を貸す長平の日々の生活を描いた前半部分を読んだだけでも、生き生きと「人間」が伝わって来る。
友人から信頼され、仕事でも親方からかわいがられ、同居する兄夫婦からも一目置かれる長平の姿は、理想的な男性像だ。

遭難した夜の、黒く浮かび上がる室戸岬の情景、流れ着いた鳥島の風景が目に焼き付いてしまった。生きているうちに一度、赤岡村から船で室戸岬を眺めてみたいと思ったし、鳥島に行ってみたいと思った。

吉村昭は、当時の役人が事情聴取して作成した文書を元にしてこの物語を書き上げている。役人の文書に肉付けし、長平の心の動き、日々の出来事を書いてゆく作業は、作家冥利に尽きるのではないかと想像され、吉村さんのこのお仕事にとても感動を覚えた。

なにわの海の時空間

国土地理院地形図閲覧システム

マピオン


総員起シ     吉村 昭     文春文庫

太平洋戦争中の逸話の短編集。
「海の柩」「手首の記憶」「鳥の浜」「剃刀」「総員起シ」


潜水艦の沈没というものを、映画などで見た事が有る人もいると思う。
鉄の箱に閉じこめられ、どうする事も出来ずにただ酸素が無くなって窒息死するのを待たなければならない恐ろしさ、、、、。

昔のTV番組を再放送している中で、「ミステリーゾーン」というのが有った。そのうちの1話に、やはり潜水艦の沈没事故を題材にしたものが有った。
潜水夫が潜水艦の船体を叩くと、中から叩き返して来る音が聞こえる。まだ中には生存者がいる! しかしこの潜水艦は、何年も前に沈没した潜水艦で、生存者がいるとは思えない。中に入ってみるとやはり生存者は無く、全員が死亡していた。しかし、その遺体の中に、ハンマーを手にした者が有った、という内容のTVドラマだった。

「総員起シ」は、太平洋戦争中のイ号潜水艦の沈没事故を題材にしている。
訓練中に沈没してしまった潜水艦を、戦後になって十数年ぶりに引き上げた時の話だ。
引き上げられた潜水艦の内部は、酸素が無くなっているためか、遺体の保存状態が非常に良く、まるで生きている様に見えたという。

窒息して死ぬというのは、どんな感じなのだろう。
俺は工事現場で働いていた時に、酸欠事故を目撃した事が有るのだけれど、その時は苦しむヒマも何も無く、ただコロリと死んでしまったのを覚えている。
酸素の無い空気を吸うと、すぐに脳がやられてしまって苦しむヒマも無く死んでしまうのだという話だったが、本当なんだろうか。

薄れてゆく酸素の中で書かれた遺書も多く見つかっている。
事故発生から10時間後、
「総員元気なり。全てを尽くし今はただ時期の来るのを待つのみ。誰1人として淋しき顔をする者無く、お互いに最後を語り続ける」
「だんだん呼吸が苦しくなって来た。ワタシは笑って死につく。母さんのご多幸を祈る」
「妻に残す。我々の生活もこれで終わった。お前には誠に申し訳がない。この結婚は早すぎた。お前は自分で思う事をやってくれ」
「死に直面して何と落ち着いたものだ。冗談も飛ぶ、もう総員起こしは永久になくなったね。母上よ、悲しんではならぬ。それが心配だ。光さん、がんばったがだめだった。妹よ、ついに会えなくなったね。清く生きて下さい。気圧が高くなる。息が苦しい。死とはこんなものか。みなさんさよなら」


深海の使者     吉村 昭     文春文庫

戦争の悲惨さ、という言葉から連想するのは、一般国民の犠牲だったりするのだけれど、軍人であっても同じように悲惨なものだ。
吉村昭の本には太平洋戦争の悲哀を描いたものが多い。
沖縄戦では、米軍の侵攻によって、軍も市民も南へ南へと追いつめられ、断崖の南端へと、文字通り追いつめられ、自決やバンザイ突撃をしてゆく姿が描かれていたし、零式戦闘機では零戦を通して、最初は威勢良かったけれど次第に追いつめられて行くこの国の姿が描かれていた。
 「深海の使者」では、潜水艦を通して追いつめられて行く姿が描かれている。
追いつめられ、無事に通る事の出来る海も無くなり、身を寄せる港も無くなり、ドイツ駐在武官はドイツの敗戦によって帰国する事も出来ず、ドイツ潜水艦に同乗していた日本軍人は、ドイツが無条件降した瞬間に、敵国の潜水艦に同乗している事になってしまい、作戦行動中だった艦船は突然敵対行為を中止するように命ぜられ、どうして良いか解らず、全員自決をしたり、祖国へ帰ってみれば米軍に拿捕され、昨日まで敵国だと思っていた星条旗を掲げさせられて祖国の港に入港する。
入港してみれば、そこにはただ一艦残った戦艦 長門に星条旗がひるがえっている。

太平洋戦争に関する本を読んでいて、いつも強く感じる事は、戦争末期の、どうしようもない、心が引き裂かれそうな絶望感だ。


零式戦闘機     吉村 昭     新潮文庫

零式戦闘機の辿った道は、華々しい緒戦と悲惨な末期という日本の太平洋戦争の行程と全く重なる。
柳田邦男の「零式戦闘機」及び「零戦燃ゆ」と殆ど同じ内容の本と言って良い。
詳しく読みたい人は柳田邦男、さらっと読みたい人は吉村昭の「零式戦闘機」を読めば良いと思う。
しかし、吉村昭の「零式戦闘機」には、柳田邦男のものに無かったものが登場する。それは牛と馬だ。
当時の最先端戦闘機を輸送するのには、牛車が使われていた。
世界で一番早い戦闘機を、最も速度の遅い乗り物で運んでいたわけだ。
これはトラックなどで輸送すると破損してしまう為、どうしても牛車でないと上手に輸送出来なかったという事情が有るのだそうだ。
 戦争により食料事情が悪化し、牛の飼料も欠乏し、牛は痩せ衰え、終戦時には全て死んでしまっていたという。


ニコライ遭難     吉村 昭     新潮文庫

この本を読んでいて、まず思ったのは「新聞読んでるみたいやなー」という事だった。吉村昭さんに失礼な事を書いてしまったけれど、この本はまさに取材をして事実を組み立ててひとつの文章にした、という感じ。
13才から1人暮らしをしている俺は、メシを食う時に新聞を読むのがすっかり習慣になってしまっているもので、何か重大事件が起こった時に関心を持って新聞記事を読み漁る時と同じ様な感覚でメシのお供に読み切ってしまった。

明治24年、ロシアの皇太子が日本を訪問した時の話だ。
先進国の仲間入りを果たそうと近代化に力を入れながら、ロシアの軍事力を脅威に感じていた日本では、皇太子を迎えるに当たって盛大で厚いもてなしの準備をし、ロシア皇太子もその歓迎を喜び、日本滞在を楽しんでいたさなか、暗殺未遂事件が起こる。
明治天皇と政府は大いに驚き、ロシアの報復を恐れ、国内が大騒ぎになってしまう。政府要人は、ロシアが莫大な賠償金を要求又は領土の割譲を求め、それを拒否すれば軍事力によって日本などひとたまりもなく握りつぶされてしまうだろうと考えたのだ。当時はそんな世界だったのだ。

皇太子を襲った犯人を極刑にしなければロシアは納得しないだろうと考えた政府は、超法規的措置を取ろうとするが、法曹関係者は国益の為とは言え、法を曲げる事を拒み筋を通す結果を出した。

読んでいてまず、当時22才のロシア皇太子の心配りの素晴らしいさに、さすが次期皇帝になる人物だと感心してしまった。
丁度この本を読んでいる時に、成人式で新成人が不作法をした事がニュースになっていたもので、つい比べてしまったりした。
それと共に、明治天皇の人徳の様な事もとても感じてしまった。
明治天皇と言うとすぐ思い出すのは
「よもの海みなはらからと思ふ世に など波風のたちさわぐらむ」
という歌。純粋な気持ちがとても好きな歌だ。
この本を読んでいても、明治天皇の誠実な人柄が偲ばれて感銘を受けてしまった。


破獄     吉村 昭     新潮文庫

もしかして、吉村昭の著作の中で、この本が一番面白いかもしれない。
面白いというのは、読み物として面白いという意味で、サスペンスストーリーの様な展開がとても楽しめるのだ。
この本は映画化されなかったんだろうか、、、、。
しかし映画化されるとしたら、主人公の佐久間清太郎を演ずるのは、一体どの俳優だろう、、、、。


関東大震災     吉村 昭     文春文庫

関東大震災、被服廠跡、朝鮮人虐殺、というキーワードは聞いた事が有ったけれど、しっかり知る事が出来て良かったと思う。

大地震と大火が襲った後に残されたものは、
死体、腐乱死体、汚物、排泄物、塵芥、、、、。

そして流言、騒擾、、。
朝鮮人虐殺。

人間というものは、生きていれば汚物を排泄し、死ねば死体となり、死体が放置されれば腐乱死体となる。

恐怖の中では、親が子を見捨てる事も、子が親を見捨てる事も、人間を殺す事もある。

いやだけど本当の事で、「人間とはこういうものだ」という項目のひとつに入れておかなくてはいけないのだと思う。

この恐ろしい恐ろしい話を、一度は読んでおく事も必要だと思う。
是非ご一読を。


桜田門外ノ変   吉村 昭   新潮文庫

 江戸時代の事を書いた本を読んでいると、今の日本は江戸時代の日本がそのまま時を経た国なんだという事が良く解る。
江戸時代の国(藩)はほぼそのまま現在の都道府県だし、現在の東京都心も江戸がほぼそのまま発展したものだ。
 江戸時代というと随分遠い昔の様に感じるけれど、僅か130年位前まで江戸時代だったわけだ。
ペリーが浦賀に来たのが1853年
大政奉還が1867年
1926年に昭和になって
1989年に平成になった。

桜田門外の変があったのは、1860年3月3日の雪の日の朝だった。

大老 井伊直弼の屋敷が有った場所は現在国会議事堂前に当たる場所で、そのお堀端の道路をクルマで何度も通った事が有る。議事堂前から桜田門は目と鼻の先で、桜田門前から望むと右手に江戸城、左手に井伊直弼の彦根藩上屋敷が見える事になる。この情景がありありと手に取るように思い描けるだけに、桜田門外の変の当日の部分を読んでいて、目の前で見ている様な緊張を覚えてしまった。

太平洋戦争やそれ以前の時代の本を読んでいつも出会う事は、20才前後の若者が命を賭ける姿だ。
現在の我々は、「命を賭ける」などと言う事は殆ど無く、まして情熱や信条によって戦う(文字通りに命を奪うか奪われるかの戦い)という事も無く暮らしている。人の命を奪ったり、戦争をしたりするのは大変いけない事ですと言ってただただ良い子ぶっている様な気がしてきてしまう。
人間は本来戦うものなのかもしれないし、命の奪い合いをしたり、自分で自分の身を守る様な武術や精神を身につけたりするべきものなのだと思う。
同じように言える事は「飯を食わなければ死ぬ」という事だ。現在の我々の中に「飯を食わなければ死ぬ」という事が本当に実感として解っている人は一体何人いるだろう。
なんというかこの人間の原点の様なものを踏まえた上での戦争反対であり、人命尊重であるべきではないだろうか。
この原点を踏まえなければただの「良い子ぶりっ子」でしかないのだろうと思う。
しかし、どうやって踏まえるのだと言う人もいるかもしれないけれど、実際に戦争や殺人を体験出来なくても、自分の弱さや自分の失敗、過失などに遭遇した時に、こういう原点を踏まえるチャンスが有るのだと思う。

戦争の時代や昔の人達の事をこうして本で読むのも、とても良い疑似体験として人間の原点を踏まえる役に立つのだと思う。

雪の日の朝、桜田門から議事堂前を見通す内堀通りに立ってみたいと思った。

東京 江戸を歩く

麹町永田町外桜田絵図 三宅坂周辺


脱出      吉村 昭     新潮文庫

街中を歩いていて、ビルが建ち並び、クルマが行き交っているのを見ると、ふと、全部焼け野原だったのに凄い事だ、と思ってしまう事が時々有る。
俺には全く戦争体験など無いのに、随分たくさん太平洋戦争に関する本を読んで来たせいか、実際に体験した様な気持ちになっている。

沖縄戦、サイパン陥落、硫黄等玉砕、ソ連参戦などなど、たくさんの本で読んで良く知っている出来事だ。
しかし戦史ものなどで読んだそれらの出来事は、遠くから眺める様なもので有ったり、軍や兵隊の視点で書かれたものだった。
吉村 昭の戦争小説の場合、その出来事の内側を描いているものが多い。
1人の少年の体験として書かれているそれらの出来事を読んでいると、自分の中の「戦争体験」がさらに鮮烈なものになる。

この国で生まれた全ての人に一度は読んでおいて貰いたいと思う。

この短編集は、吉村 昭の著作の中でも特に力を込めて書かれているように思う。
読み終わって、手を合わせたい気持ちになった。


熊 嵐      吉村 昭      新潮文庫

吉村さんの小説はどれも、実際に有った話を取材して書いたものだから、読んでいて迫力を感じてしまう事が多い。
 この「熊嵐」は、まるで映画でも観ている様で引き込まれて読んでしまったけれど、やはり全くの作り話では無いからこそ、なのだろうか。
 吉村さんの作品はどれも皆、すぐにでも映画やTVドラマに出来そうな気がするけれど、芸術家としてはこういう作品をそのまま映像にするのは抵抗が有るんだろうなぁ、なんて思う。
芸術家じゃなくて、職人みたいな映像作家がいれば、吉村作品を片っ端から全部映像にしたらいいのに、とも思う。

いや〜、この小説は迫力有ったです。


ふぉん・しいほるとの娘 (上)(下)   吉村 昭   新潮文庫


シーボルトの名前くらいは聞いた事が有っても、実は良く知らないのだった。
でも、知らなくて良かった。驚きと感動の連続でした。

シーボルトは日本人に西洋医学を教え、出島に呼んだ遊女お滝との間に生まれたお稲が医者を志し、その間に時代は激動し、明治維新を迎え、シーボルトの息子は明治政府の通訳として働く。

シーボルトの子を産んだお滝、その子おいね、そしておいねの子タダ、、。
1823年(文政6年)にシーボルトが初めて長崎に来るところから、明治36年にお稲がこの世を去るまでの、女3代の大河ドラマです。

吉村昭さん、渾身の力作です。
頭が下がるほどの力作です。


逃亡    吉村 昭    文春文庫

 昔、ずっと昔、ちょっとだけ文学青年だった頃、人には北方志向の人と南方志向の人が居るという様な話をしていた事を思い出す。

関東以北出身の人間が逃亡する時、その殆どが北へ逃げるのだと言う。
確かに自分が逃亡するとしたら、西や南へ逃げる事など思いもよらないと思う。
 心に振り返りたくない過去が有る人間も北を目指すのではないだろうか。
考えてみると自分も逃亡者なのだと思う事が有る。
窮した時に、自分でも驚くほどの、とっさの悪知恵が働いたり機転が効いたり、偶然が助けてくれたり、誰かが現れたり、そうやって人は北を目指して人生を逃亡し続けるのかもしれない。
思い出したくない過去が有る人は、他人の過去を多く聞こうとしないものだ。

この本は、吉村のオヤジさんの作品の中では傑作だと思う。
書き出しからして違ってるもんねぇ、、、、、、。